カザフスタンのアクタウからアゼルバイジャンのバクーへの長い船旅(2017年10月24日~27日)

さらむ!(アゼルバイジャン語のこんにちは)

今回はカスピ海横断フェリーに乗って、カザフスタンのアクタウからアゼルバイジャンのバクーへ行きました!

いつもに増して長い記事で本当に申し訳ないんですが、2記事に分けようと思ったけど1記事にした方がこの疲労感をリアルに共有できるかなと思って長いままにしました。ボクが疲れたからあなたも疲れろし!と言う非常にワガママな記事ですごめんなさい。

 

まずは10月24日、前回の日記の続きからです。

アゼルバイジャンビザを受取ったその足でフェリーオフィスに行ったら、「今日の19時に出る」と言われ、慌てて前回のブログ記事を投げるように投稿して荷物をまとめ、17時に宿を出ました。

15分ほど歩いてバス停へ。4番バスとやらが港へ行くやつだそうです。

4番バスを待ったバス停はここ。

だがしかし!2番と5番バスはやたら来るのに、4番バスがなかなか来ない!

不安になって人に訊いたりもしましたが、「4番バスは来る」との事。あきらめかけた17時45分頃にようやく4番バスが来ました。他のバスは10分間隔で走ってるのに・・・。

アクタウ港到着。市街地から7kmくらいです。バスはアクタウ港の入口付近に停まります。

港の敷地内に入って右手に見えるこの赤っぽい建物が、旅客を運ぶフェリーのオフィス。

地図で言うとこの位置です。

建物の奥に入ると窓口が。

ここで訊くと無事にチケットを買えました。お値段は26,840テンゲ(≒9,148円)。どうも米ドル80$を換算しているようなので、多分テンゲの値段は微妙に変動すると思います。

ATMは待合室にあり(使ってないから本当に使えるかはわからないけど)、両替所はフェリーオフィスのすぐ外にありました。

このATM室みたいな小さい箱が両替所。

46,000テンゲくらい(小銭も出したので端数覚えていない)が138米ドルになりました!

138米ドル

アゼルバイジャンのお金が欲しかったのですが扱っておらず。カザフテンゲ⇔米ドル・ユーロ・ロシアルーブルの3種のみ扱っていました。非常用米ドルをウズベキスタンでつまみ食いしてしまっていたので、また手に入って良かったです。

 

待合室には女性2人と男の子が座っていました。この3人は南アフリカから旅行で来た家族でした。後でわかるんですが、旦那さんが運転する車でドバイを出発し、中央アジアをぐるっと回ってドバイへ戻っている途中だったみたいです。この時は旦那さんは車待機だったよう。壮大な家族旅行だな・・・。

この家族、英語がめちゃくちゃ堪能。少し会話して、ボクが今後南アフリカへ行く事を話すと、「ケープタウンに住んでるから、近くに来たら連絡ちょうだい!」と名刺サイズの連絡先カードをもらいました。

南アフリカの旅行はものすごく不安なので、この連絡先カードはきっとゲームで言うところの重要アイテムです。『ケープタウン の れんらくさきカード を きちょうひん に ついか した』と言うテロップが脳内を流れました。

で、この南アフリカの一家によると、19時のフェリーは既に遅れていて21時になる事が決まっているそう。

それなら、とフェリーターミナル内にあるカフェへ。

扉が2重だったんですが、1枚目の扉を開けた時点で、中に外国人旅行者のグループがいるのが見えました。そのうち1人と目が合って、その顔に見覚えがあるなー・・・と思いながら2枚目の扉を開けている一瞬の間に、それが誰だったか思い出しました。

パミール高原のヒッチハイクで乗せてくれたフランス人3人組!?Σ(@∀@;)

あっちもほぼ同時に気付きました。マジでびっくりです。

彼らは確か、トルクメニスタン経由でイランを通ってコーカサス、と言う、カスピ海の南側を陸路で行く予定だったはずだけど・・・。

「イランには行かなかったの?」と訊くと、「トルクメニスタンビザが取れなかった」と言っていました。後で別の日本人旅行者に聞いた話だと、トルクメニスタンは国の祝日かなんかで、領事館が一斉に長期休暇に入ってビザが取れなかったんだそう。ネットでちょっと調べただけだと、10月27日と28日の独立記念日くらいしか出て来ないのですが・・・。

 

衝撃の再会にびっくりしつつも、あちらのテーブルはもう他の旅行者でわいわい埋まっていたので入れず(メンタル的に)、別のテーブルに着きました。

名前忘れた。卵とトマトのスクランブル炒めって感じです。サラダとこれで1,700テンゲ(≒579円)。高い・・・

これはそれぞれ安い物を選んだ方で、他のピザとかハンバーガーはもっと高かったです。そこそこおいしいはおいしい。パンによく合うなって感じです。

 

カフェで時間をつぶして21時頃にフェリーオフィスへ戻り、職員を捕まえてフェリーはまだか訊いてみると、スマホを取り出して見せてくれました。職員のスマホにはリアタイムでフェリーの位置が配信されているらしい。

スマホには、フェリーがまだアクタウの南のカスピ海上にある事が表示されていました。「あと1時間くらいだろう」との事。

待合室で待っていると日本人旅行者がやってきました。歳は聞いてないけど、ボクより年上っぽい男性でした。テツさんと言います。中央アジアをまわって、あと1ヶ月くらいでコーカサスとイランをまわる予定らしい。先ほどのトルクメニスタン領事館の話はこの時に聞きました。彼もまた同じくトルクメニスタンをあきらめて、カスピ海横断を選んだそう。

日本人と話しているうちにもう1時間過ぎました。22時前になると女性職員が名簿を手に持って出て来て、名前を呼んで点呼を取り始めました。そろそろか!?と思っていると、女性職員は点呼だけ取って去ってしまいました

カフェで待っていた外国人旅行者グループと、先程の南アフリカ一家の人達がそれぞれ2,3名ずつやってきて、一緒に職員を探して話を聞くと、「船はアクタウのすぐ近くまで来たが、港のドックが空いておらず、着岸できない。乗船は明日の朝4時か5時になると思う」との事。

おいおいマジかよー(´・ω・`)

南アフリカ一家やフランス人たちは、どうやらドライバーが車と一緒に港内?での待機を命じられているらしく、ドライバーと車は一時的に出て来られるのかって話をしていました。ボクとテツさんは別の職員に寝られる待合室を尋ねて、先に連れて行ってもらいました。

関係ないけど、途中通ったオフィスでオンラインゲーム(見た感じアクション系の2.5次元MMORPG)を楽しむ男性職員。

右側の赤茶色の服の人が、「こいつがゲームやってるぞってSNSに書いたって!」と言っていました。ご要望通りブログに載せてみました(・´ー・`)

 

待合室は20畳以上はありそうな長方形の別棟。見た目はプレハブに毛が生えたような感じですが、中にはトイレも暖房器具も揃っている快適な部屋へ案内されました。ちょっと物置にもなっていましたが、十分キレイで寝られる感じです。

後から他の旅行者たちもドヤドヤとやってきて、23時か0時頃にはめいめいのスタイルで眠りにつきました。

 

10月25日朝、建物のすぐ隣を走る鉄道の振動で目が覚めました。

画面右端にちょっと見えているピンクの壁が待合室。ボクは線路に近い壁沿いに寝ていたので、モロに頭の横を列車が走っているような感覚でした。

待合室の建物外観はこんな感じ。

カザフスタン鉄道の駅で、「旅客車両より圧倒的に貨物車両が多いなぁ」と思っていましたが、やはりカザフスタンでは鉄道が貨物運搬のメインを担っているんでしょうな。貨物車両は港まで乗り入れられるよう、ここまで線路が引かれているようです。旅客車両はアクタウ市街地まですら来ないのに。

・・・ってあれ?今もう朝7時30分ですけど(´・ω・`)

職員は「フェリーが港に入ったら起こしに来る」と言っていたので、まだフェリーは港に入れていないようです。他の旅行者たちもぼちぼち起き出して、それぞれカフェに行ったり自分の車に戻ったりし始めました。

 

この後はひたすら待機。待合室はこんな感じ。

昨夜はここに15人寝ていました。構成は、フランス人3人組、南アフリカ1家4人、フランス人1人旅、香港人1人旅、どこの国か忘れたけどカップル1組、車旅行のカップル(北欧系だったような)1組、テツさん、ボク、の15人でした。

全員に聞いたわけじゃないですが、少なくとも車旅行の3組とテツさん(=10人)は、トルクメニスタンビザが取れなくて流れて来た人達でした。多分普段はこんなに外国人旅行者で溢れかえったりしないと思います。

ヒマだったので港をうろうろ。

こんな所まで線路が引かれてる。船に横づけできそうです。

 

11時頃に呼ばれて出国審査をしましたが、その後はまた同じ場所に戻されて待たされました。

 

結局、動き始めたのは15時でした。

なんか、文章にすると1行で済むのが悔しいので、19時と言われたフェリーをいつになるのか全く見当がつかないまま翌日の15時まで待つ、この果てしない徒労感をここでイメージして下さい。

15時過ぎた頃に「車旅行組が車を動かすように指示された!」とフランス人1人旅の人が情報を仕入れて来たので、待合室にいたみんなで一緒に動き始めました。

ずっと曇りだったアクタウですが、今日はいい天気です。

これがフェリー。

車旅行組とここで合流。

これが車旅行組の車。一番前がフランス人3人組、次がカップル旅行者、一番後ろが南アフリカ一家です。

どの車も百戦錬磨感がすごい。特に真ん中。

青空にクレーンが映えます。

パスポートは、乗る前に全員回収されました。アゼルバイジャン側で返してもらえるようです。

15人の旅行者は、例外なく長期旅行者&ベテラン旅行者ばっかりでした。身なりも雰囲気も、昨夜の雑魚寝時の各々の寝床確保の速やかさから言っても、まさに百戦錬磨と言う感じでしたが、パスポートもすごいのばかりでした。

職員がカザフの出国スタンプを確認するためにパラパラパスポートをめくるのですが、どのパスポートも各国のビザとスタンプで賑やかなこと賑やかなこと。外側も黒くなってヨレヨレの物が多く、ボクの薄汚れ気味のパスポートはどちらかと言うとキレイな方でした。

 

貨物トラックがフェリーにじゃんじゃん入って行き、ボクら旅行者が乗船したのは17時頃でした。乗船だけで「やっと来た!!!」とみんな大はしゃぎでした。

部屋は南ア一家に1部屋、あと6人部屋を2部屋あてがわれて、それぞれ適当に分かれました。

船に乗ったら探検!

船は思ったほど大きくなく、船首から船尾まで歩いて2分かからない程度の大きさでした。

普通の旅客フェリーと違って立入禁止エリアがほとんど無く、操舵室にまで入る事ができました。

見つかったら怒られるんじゃないかとハラハラしましたw

もやい綱やイカリを上げ下げするエリアだって入れます。

空調はHITACHI。

アゼルバイジャン国旗がかかっています。

天気が良いと船が映えるな。

18時半ごろ出港しました。

小さい船がやってきて、ロープでえいえい引っ張ってボクらの乗るフェリーの向きを変えていました。すごい馬力ありそう。

向きを変え終わると、小さい船は忙しそうに去って行きました。

アゼルバイジャンの国旗よりかなり色褪せているカザフスタンの国旗。

 

久しぶりに夕陽を見た気がします。カスピ海に沈む夕日。

 

20時になると晩飯に呼ばれました。ここからアゼルバイジャン時間(カザフスタンより1時間、日本より5時間遅い。)に切替えました。

スープと、鶏肉とジャガイモの煮込み料理。

今日は朝から非常用に買っておいたパンとビスケットだけしか口にしていなかったので、ようやく生き返りました。人間らしい食事って素晴らしい\(^o^)/

食卓にはパンが取り放題で置かれています。フェリーには3食付いて来ますが、ちょっと質素です。体格が良い男性陣(主に地元の貨物トラックドライバー)には量が足りないようで、スープとパンをおかわりする事でしのいでいました。

食後はすぐに寝てしまいました。同室の人達も「ベッドだー!」とはしゃいでいたのも束の間、すぐに照明が消されたので、昨夜の雑魚寝と今日の待機でみんなかなり疲れていたんだと思います。

 

10月26日朝。7時半頃に目が覚めました。

朝食はいつ行っても良いようで、みんなパラパラと取っていました。

左下の白い四角いかたまりは、すごく塩辛いクリームチーズのような食べ物でした。ちょっとかじるとパンがいくらでも進みます。日本の漬物みたいな感覚で食べるのかな。

今日は天気が悪いです。風も強く、時折雨もパラついています。

外に出れないと時間が長く感じる・・・。うだうだと時間をつぶして12時に昼飯。

右のはミートソースパスタ。パスタが柔らかめだけど、ソースはけっこう好きな味( *´ω`)

左のはスープかと思いきや、

麦とくずくずのジャガイモがたくさん入っていました。スープと言うには具沢山だし、お粥と言うにはスープ感が強い不思議な食べ物。

 

そして夕方18時頃、外に出ると陸がすぐ近くに見えていました!!

この午後の待ち時間もあれです。文章にすると1行空白行を空けただけで時間が経過しているのが癪なので、この間ずっとフェリーに揺られているだけの待ち時間だった事を想像して下さい。想像して徒労感を感じたら読み進めて下さい。

陸が見えたーと思ったら、フェリーが静かになってイカリをおろし始めました。どうやら、アクタウ側でもあった「ドックがいっぱいで港に入れない」状況がこちらでも起きたようです。

2日目も船で夕陽を見る事になるとは・・・

夕日も2日目となると写真が雑です。

そんなこんなしている間に晩飯。牛モツ?煮込み。少ないけどうまい。

ここのジャガイモのペーストは、ジャガイモ率がかなり高い感じでした。

他の旅行者と「着岸いつになるかわからんねー。明日朝になりそうだよね。」なんて話して、気持ちはすっかりもう1泊するつもりで部屋に戻ってのんびりブログの文章を書いていると、夜21時半過ぎ、香港人が「おい!あと15分で到着するから準備しろってさ!」と言いながら部屋に飛び込んできました。

歯磨きしたり本読んだりしていた旅行者一同、即撤収開始

百戦錬磨の旅行者たち、さすが動き出すと超早いです。全員寝る準備もしくは寝ていた人もいたにもかかわらず、声をかけられてから10分で身なりを整えて荷物をまとめてカフェスペースに集合しました。プロかよこの人ら・・・。

 

しかしまぁ、予想通りここで1時間以上待ちました。フランス3人組のドライバーが「彼らの15分はきっと15時間だぜ?」と冗談を言って周囲を笑わせた夜23時過ぎ、ようやく下船する事ができました。

17カ国目、アゼルバイジャンの首都バクー到着!

車が降りるタラップが開くところ。

ここから入国審査で約1時間かかって、0時過ぎにようやく終了。パスポートは入国スタンプを押す窓口に預けられていて、そこで返してもらいました。車旅行の人達とはここでお別れ。非車旅行組と一緒に、いつの間にか来ていたシャトルバスに乗りました。

このシャトルバス、どこまで行くのかを誰も知らずに乗ったのですが、ただ港の出口へ行くだけでした。しかも同じフェリーから降りたトラックで道が詰まっていたので、たった数百メートルの出口まで行くのに20分くらいかかりました。歩いた方が早いがなwまぁタダだったけど。

 

時刻は深夜0時半。いろんなブログに「バクーじゃなくて違う港に着いた」などと言う体験記が載っていて恐怖だったんですが、幸いバクーのほぼ中心部にある港に着きました。

港を出てからしばらくは同じフェリーに乗っていた旅行者5人くらいと一緒にバクーの街を歩いていましたが、ボクと行きたい方角が違ったようなのと、どうもバクーは深夜でも治安が良さそうな雰囲気だったので、ここで別れて1人になる事にしました。

まぁ、別れた理由の85%くらいは「団体行動で2泊3日以上寝食を共にすると発狂しそうになる」と言うボクのメンタルがもう限界に近かったからです。友人や気心知れた仲間でも団体行動は2泊3日が限界ですハイ。

最後の精神力を振り絞って笑顔で「バイバーイ」と手を振って別れた後、1人で違う方向へ歩き始めました。

 

バクーは予想よりずっと都会です。歩いていると夜行バス待ちで深夜に東京駅周辺をうろついた事を思い出しました。とにかくそれくらい都会の雰囲気です。

それに、すごく暖かいです。寒い事を予想してフリースのインナーを着て出て来たのですが、暑くてすぐに脱いでしまいました。途中見つけた街中の温度計は17℃を指していました。

約2km先にある旧市街地周辺に安宿が集まっていそうなのは分かっていましたが、こんな深夜に開いているかどうかは自信がないまま向かいました。もしアゼルバイジャンの宿が中央アジアと似ていたら、宿は看板が出ていなかったりアパートの一室にあったりとすごく見つけにくい事も考えられます。見つかるかどうか・・・

 

と言うのは杞憂で、観光地周辺に行くと即見つかりました。見つけたのはこの看板。

ボクのブログも含め、よくWebサイトには「閲覧者に合わせて表示される内容が変わる広告」が設置されていますよね。ブッキングドットコムと言うホテル検索サイトで街の名前を入れてホテルを検索すると、「閲覧者に合わせた広告」が、当分の間検索した街のホテル一色になるんです。

で、先日バクーで検索したのでボクの訪問するWebサイトの広告は、ここしばらくブッキングドットコムのバクーの宿ばっかり表示されていたんですが、その中でこのシルクハットにヒゲメガネの黄色いロゴがめちゃ目立っていて印象に残っていたんですね。

別にこのホテルを探していたわけじゃないんですが、遠くから見て「あれは見覚えがある!」と思って近づいたら見事ドミトリーのある安宿だったわけです。広告もバカにできません。

 

深夜1時でしたが、受付の人は普通に起きて仕事していて、ちゃんと入れてくれました。宿が見つからなかったら公園で寝る覚悟もしていましたが、やっぱりちゃんと屋根がある場所が見つかるとほっとします。

アゼルバイジャンで日本との時差は5時間になりました。「日本はもう夜明けか・・・」と思いながら眠りにつきました。

 

と言う事で、24日の夕方にカザフスタンのアクタウの宿を出発して、27日の未明にアゼルバイジャンのバクーの宿に着くと言う長い移動は無事に終わりました。フェリーの移動としてはこの旅最初の神戸→上海や、インドネシアのマカッサル→アンボンより圧倒的に短いんですが、「これ一体いつになるんや・・・」と言う待ちが多かったので、すごく長く感じました。目安って大事ですね。

朝起きるとバクーは小雨がパラつく微妙な天気だったので、今日(27日)はのんびり過ごしています。宿もネットも快適なので、バクーで向こう1ヶ月の予定を立てようと思いまーす。では今日はこれにて(=’ω’)ノ

コメント

  1. ログボ より:

    (´・ω・`)船内食?は意外と美味しかったり?

  2. baum より:

    大きな船を引っ張る小さい船は、タグボート❗️めっちゃ馬力があるp(^_^)qエンジン無しの3000ton級台船をタグボート1隻で大阪~北海道の外海でも引っ張って行きます!海の上を自由自在に動けるスグレモノ。

  3. wolt より:

    >>ログボさん
    船内食は質素ですがおいしかったです!見た目に反してかなり地味なあっさり味です。
    言うなれば肉じゃが的なうまさ。家庭料理みたい。中央アジアには無かった味なので、アゼルバイジャン料理なのかも。

    >>baumさん
    そんなに力あるんですか~道理で余裕そうに引っ張っていたわけです。
    タグボート、次から港に行くたびに探してしまいそうです。

  4. 芋子 より:

    最近素敵な出会いが多いですね!
    ケープタウンのご家族はハピエンルートのフラグでは!?
    ケープペンギンの写真を見たいです~
    行かれるときは是非お願いします!

  5. wolt より:

    >>芋子さん
    そういえばそうですね!>素敵な出会い
    ケープペンギン、検索して初めて知りました。ペンギン近くで見たーいヾ(‘ω’)ノ”
    是非行きますヾ(‘ω’)ノ”

  6. y.kujime より:

    船は独特な雰囲気がありワクワクしますが、時間の流れに戸惑いますね。天気が良く太陽が見れることは心が癒されます。こちらも天気良くないので、この2週間疲労でしたよ。

  7. wolt より:

    >>y.kujimeさん
    日本は台風ばかり来ているみたいですが、台風と台風の間も天気が優れないんですね~。
    週末出掛けるには良い時期なのにもったいない・・・

  8. ログボ より:

    南アフリカって治安とかどうなんですか?
    外務省の情報見るとテロとか政治的な犯罪は少なそうですが、

    ttps://www.compathy.net/magazine/2015/11/10/public-security-of-south-africa/

    この手の記事がいっぱいでした(›´ω`‹ )ゲッソリ

  9. wolt より:

    >>ログボさん
    南アはそんなんばっかですよw
    そういうイメージしかないので、先日の安全都市ランキングでヨハネスブルグが意外と上の方にいるのにびっくりしたのです(›´ω`‹ )
    と言う事でそういうイメージが正しいのかどうか確かめねばなるまい(๑•̀ㅂ•́)و✧

  10. ログボ より:

    ちなみに↓はよく話で聞いてた。

    ttps://www.compathy.net/magazine/2014/03/17/london-food/

    フィッシュアンドチップスが一番美味いとかほんとかねと思いつつ、
    ちょっとみたら美味しい店はあるらしいが(´・ω・`)
    で、その分、イギリスはインド料理が美味しいという話も聞いた。
    (20世紀以前のインド周辺からの移民が理由)

  11. wolt より:

    >>ログボさん
    イギリス料理がまずい話は有名ですよね~。ボクも「ほんまかいな」と半信半疑です。
    インド料理もそうですけど、あんなに世界のあちこちに植民地を作った歴史があるんだから、あらゆる地域の食の文化が入って来て洗練されそうなものですし・・・。
    イギリスに占領された歴史のある国はパンがおいしくなったりしてるんだから、逆がないとおかしい(;^ω^)

  12. Tom より:

    カスピ海横断なんてめったにできない経験なのにみんな避けたがるのは時間がかかりすぎるから? バックパッカーならではの乗り物ですね。暖かい食事が出るのがいい感じ。

  13. wolt より:

    >>Tomさん
    乗り合わせた日本人旅行者によると、アクタウからバクーの飛行機は11,000円くらいだそーです。しかも飛行機だとアライバルビザがとれるそう。
    フェリーは9,000円だし、自分でビザとらないといけないので、車の人以外はメリットゼロ、ロマンの乗り物ですw